お通し(おとおし)や有料のお水を拒否できるか(その1)

 今日は、居酒屋で席に着くとまず持ってこられる「おとおし」と、800円請求される高級料理店の「お冷や」について検討します。
 長くなりましたので二回に分けて掲載します。まずは「お通し」についてです。

  • 「おとおし」は、断れると言われている。
  • 高級料理店の「お水」も、置かれた時点で「頼んでいない」旨を明確に伝えれば料金を支払う必要はないと考える。

 テレビにも出演している人気シェフが経営する(厨房にいらっしゃることは少ないらしい)料理店で、お水に対し800円が課金されていることが口コミサイトに掲載され、それについて当該シェフがコメントした記事が話題になっています。

 本稿は、その記事のコンテンツや、800円という価格の妥当性について検討しようというものではありません。
「おとおし」が出てきても、それを拒否することができる、と言われていますが、その意味について検討し、それが今回ネットを賑わしている『お冷や800円』に当てはめることができるのかを考えます。

 なお、毎度のことですが、このブログは行政書士が事務所ホームページに設定しているブログではありますが、本稿は法律問題について専門資格者として検討する性質のものではなく、個人の知識の整理でしかないことをご了承願います。

「お通し」とは何なのか

 居酒屋に行くと必ずと行っていいほどおしぼりと一緒に出てくる「おとおし」。頼んでもいない訳ですからサービスなのかというと、ちゃっかり210円なり315円なりが請求されています。
この「おとおし」とは、関西では「突き出し」とも言われ、その意味については、ウィキペディアの「居酒屋」に興味深い記載があります。

居酒屋 -ウィキペディア

 この中で、お通しは「最初の注文が入ってから客に出すまでの時間をつなぐためとされるものである」と記述されています。
 これは、お通しの実用性について、個人的に非常に当を得ている見解と感じますが、法的性質を表しているとは言えません。
 客としては、入店する際に「とりあえずおとおし出して」と注文してはいないのですから、お店としては、おとおしを「債務(約束を守るための行為)」として提供している訳ではなさそうです。
 かといって、料金を請求されている、つまり客は「支払」という債務を履行していることになる…ちょっと違和感ありますよね。
 これを難しく考えると、私には二つの選択肢が浮かんできます。

  1. お店は、席料として「おとおし」を請求している。
  2. お店は、商慣習を理由として「おとおし」を請求している。

 まず、最初の「席料」という考え方ですが、これはいかがなものでしょうか?
 居酒屋というのは、お客様にお酒や料理をふるまうことで対価を得ているのですから、場所が必要になるのは当たり前な訳です。それはお酒や料理の価格に含めるべきであって、別に「席料」を取るというのは、私は納得できません。
 行政書士に仕事を依頼して、明細に「紙代いくら・プリンタインク代いくら」とあったらびっくりされますよね?それが法律的におかしいとは思いませんが、私ならそんな行政書士はそれこそ二度と依頼せず、口コミサイトに絶対「あそこは紙代請求される!」と書き込むでしょう。

 つまり、席料を取るのであれば、それは居酒屋でサービスを受けるための前提条件になる訳ですから、バーのように「テーブルチャージいくら」と言うことを明示して、入る前に客が判断できるようにしなければならないでしょう(最近ではバーでチャージ料を書いているところも減っていますが)。
 しかし、席料と納得した上で入店すれば、小皿が出てくればラッキーな訳ですから、これであれば問題は起こりません。

 つまり、おとおし問題の根本は、「おとおし要りません」という客の希望を拒否できるような拘束力がないにもかかわらず、「出して当然、拒否するなんて非常識」という態度でお店が接客することではないかと思うのです。

商慣習であるという視点

 一方、おとおしはある意味居酒屋などでは常識と言えるほどに一般化しつつありますので、これを「商慣習」であるとして、強い拘束力を与えようとできなくもありません。
 しかし、たとえお通しを商慣習であると解しても、商法学における多数説によると、商慣習とは「たんに意思表示の解釈の材料たる事実上の慣行にすぎない」とされており、また「商慣習に法的確信が加わった場合に、商慣習は商慣習法になる」と解されているため、おとおしを商慣習であるとして、強制的に客に出して料金を請求しても認められることはないのです。この場合の「法的確信」を加えるのは、裁判所の役割になるからです。

ここまでのまとめ

 長くなりましたのでこのあたりで一度まとめましょう。

(1)おとおしを拒否できず、対価を支払わなければならないとすれば、そこには法的な根拠が必要なはずである。

(2)その根拠について考えると「商慣習」では店側は押し通せないと解される。

(3)「席料」を根拠にするならば、座ることで費用が発生することを客が座る前に伝える取引上の義務があると考えられる。従って、会計時に席料の発生を承知していなかったとして交渉できる余地はあるが、席料としての性質を補完する意味で出された「おとおし」を口にしているなら、常識的に考えて席料分の値引きは請求しづらいだろう。また、口をつけずに最後までテーブルに残して置いたとしても、即時に明示的に拒絶していなかったとこや、食品という性質を考えると、同様に席料分の値引きを交渉するのは難しいと考える。
 一方、おとおしを席料と解したとしても、着席時に「おとおしは不要です」と拒絶することは当然可能であるが、客商売であることを考えなければ、店側としては「おとおしを拒否する客にサービスを提供することはできない」として、退店を要求することも可能であろう。
 つまり、客は「おとおし」という申込みを拒絶することは可能であるが、店側としては、「おとおし」を拒否することを条件としてサービスの提供を申込む客に対して、その申込みを拒絶できる。

(4)居酒屋で「お通し」が出ることは、ある意味常識的になっており、その意味で、お通しを拒否したい場合は、着席する前にそれを伝えておけばトラブルにはならないであろう(お店がそれを拒めば他の店に行けばよいだけ)。


次回は「お水800円」について検討します。

お通し(おとおし)や有料のお水を拒否できるか(その2)