本稿に対する相談はお受けしておりません
本稿をご覧になって「自分の場合はどうなるのか」ということをお尋ねになるケースが増えております。本稿は実務において実務における論点を一般化してご説明しているもので、個別具体的なお問い合わせには対応しておりません。
業務災害や通勤災害で交通事故に遭った場合、後遺障害は自賠責と労災、どちらにも申請することができます。そして、双方が後遺障害を認定した場合、当然双方から慰謝料等を受け取ることができるのですが、重複している部分については差し引きが行われます。これを実務的には「支給調整」と呼んでいます。この支給調整については、インターネットでも正確な解説がなされていないようで、お客様からしばしば質問を頂くため、本稿に記載します。
- それぞれ、もらえるお金の種類を知る必要がある。
- 逸失利益については支給調整が行われる。
自賠責から受け取れる金額
後遺障害等級認定が認められると、自賠責保険から保険金が支払われます。14級で75万円、12級なら224万円、10級で461万円というのはよく知られた数字ですが、これは慰謝料と逸失利益を合算したものであることは知られていません。
実際は、下の表のようになっています。別表第2の4級より低い等級について記載します(なお、単位は「万円」です)。
等級/科目 | 保険金額 | 内慰謝料 | 内逸失利益 |
---|---|---|---|
4級 | 1,889 | 712 | 1,177 |
5級 | 1,574 | 599 | 975 |
6級 | 1,296 | 498 | 798 |
7級 | 1,051 | 409 | 642 |
8級 | 819 | 324 | 495 |
9級 | 616 | 245 | 371 |
10級 | 461 | 187 | 274 |
11級 | 331 | 135 | 196 |
12級 | 224 | 93 | 131 |
13級 | 139 | 57 | 82 |
14級 | 75 | 32 | 43 |
ここで大切なことは、自賠責の保険金には二つの要素のお金が入っているということです。
労災の各種給付金
労災にも後遺障害の認定申請を行います。これは、労災では「障害(補償)給付申請」と呼んでいます。ややこしいのですが、業務災害の場合が「傷害補償給付」で通勤災害が「傷害給付」と呼ばれます。そして、この給付申請で後遺障害が認められると、各種の給付金を受け取ることができます。
- 障害(補償)年金・障害(補償)一時金
- 傷害特別支給金
- 傷害特別一時金
傷害給付・傷害補償給付が認められた場合、上の三つの一時金・支給金を受け取ることができます。
ここが大切なのですが、上の三つのうち「傷害特別支給金」「傷害特別一時金」は、『特別支給金』という性質になります。
傷害特別支給金は、等級に応じて一定額が支給されます。傷害特別一時金は、ボーナスを受け取っていた場合に、そのボーナスを基礎に支給される一時金となります。事故前1年間の間にボーナスを受け取っていなかった場合は支給の対象にはなりません。
支給調整されるもの
これらの保険金・給付金の、何と何が支給調整されるのか。これが問題です。
ごく簡単に言うと「障害補償年金・障害補償一時金と民事損害賠償における逸失利益が調整される」ことになります。通常、自賠責の後遺障害申請を先行させることが多いので、労災の等級が決まった時点では、自賠責の等級認定が終わっていることが多い。ですので「自賠責と労災の支給調整」ということになりますが、支給調整は自賠責に限られることではありません。
ケーススタディ
事例で検討してみましょう。
通勤災害で自賠責・労災ともに12級が認定された事案を考えます。被害者さんの給付基礎日額は1万円、特別一時金の基礎日額は5,000円だったとします。
自賠責から受け取る保険金
224万円(うち逸失利益131万円)
労災から受け取ることのできるかもしれない給付金
□ 傷害一時金 156万円
□ 傷害特別支給金 20万円
□ 傷害特別一時金 78万円
このうち、傷害補償一時金で受け取れるのは156万円ですが、自賠責から先に131万円受け取っているので、その分は二重取りにならないよう控除されます。従って、傷害補償一時金で受け取れるのは156-131=25万円なります。
次に、傷害特別支給金だけでなく、傷害特別一時金も特別支給金となりますので、この二つは全額給付を得られます。
最終的に25+20+78=123万円が労災から受け取れる給付額ということになります。
なお、これは、自賠責と労災での支給調整に焦点をあてて分かりやすく解説したものです。仮に最終示談時の逸失利益が200万円だった場合、自賠責と労災から合計156万円受け取っていれば、保険会社から支払われるのはその差額ということになります。
労災先行の場合
交通事故の場合、第三者行為による災害であることが圧倒的ですので、労基署へ第三者行為災害届を提出する必要があります。労災はこれをベースに支給調整を行うという仕組みです。労災先行にして労災から先に逸失利益分が支払われれば、労災はその支払った逸失利益分について保険会社に対して求償して取り返します。ですので、最終的な示談において労災から得られた逸失利益は差し引かれることになります。
まとめ
労災は損害の補填を目的としているため、主たる給付が他の逸失利益賠償と重複して支給されることはありません。ただし、特別支給金は労災給付とは種類のことなる社会復帰促進事業に基づく固有の給付金です。ですので、特別支給金と特別一時金は支給調整されることはありません。なお、逸失利益の算定については弁護士領域となります。