ある寄り合いの雑談の中で「心肺停止で1日経っているのに「死亡」って言わないのはどうして?」と言う疑問を呈した方がいらっしゃいました。これは法律的な仕組みとして知っておいて損はない論点です。
今日は、死亡に関する法律について検討します。
- たとえ心配停止であっても、医師が死亡と診断するまで、メディアが「死亡」とは報道しづらいだろう。
- 立法において用いられる自然人の死を表す場合「死亡」が使われると言える。
- 自然人の死亡を診断(認定)できるのは医師と歯科医師のみである。
- 死亡を証明する為に用いられる書類の代表例は、戸籍である。
死亡という言葉の意味と使い方
日本において、人の死を表す、または連想させる言葉は少なくありません。「他界」「逝去」「往生」「永眠」と言った熟語から「亡くなる」「あの世へいく」「鬼籍に入る」と言った表現まで多様にあり、我々は繊細な感覚でそれらを使い分けているのでしょう。
そして、その言葉の中に「死亡」という熟語も入れることができるでしょう。
「死」と「死亡」という言葉、いったいどう違うのか、いつものとおり辞書で確認してみましょう。
死
- しぬこと。命がなくなること。
死亡
- 人が死ぬこと。
出典はともに『広辞苑 第六版 DVD-ROM版』です。
さて、辞書の定義だけでは、死と死亡の差異は明らかにはなりませんでした。では、現在使われている現状から検討してみましょう。
法律における表現方法
私法の一般法である民法では、人の死を「死亡」と表現しています。また、出生や死亡を政府が管理するためにある戸籍について規定した『戸籍法』でも、人の死を「死亡」と表現しています。さらに、刑法における傷害致死の条文も「…人を死亡させた者」と定められており、やはり死亡という言葉が使われていますね。
ここまでのまとめ
ここまでの検討は、次のようにまとめることができるでしょう。
自然人の死という事象を表現するには、様々な熟語や慣用句があるが、法律の世界では「死亡」という言葉が使われる。
死亡と法律
ある自然人の死、つまり人の死亡は、その周囲に重大な影響を及ぼすことはご存じのとおりです。相続は人の死亡によって開始するということが民法によって定められています(第八八二条)。
人は死亡すると、何も所有することはできません。物もお金も所有することはできず、相続という手続のなかでその所有権は処理されていくことになります。また、婚姻関係も終了してしまいます。
このように「死亡」という事実は、その人自身だけではなく、周囲にも重大な影響を及ぼすことになります。
死亡は誰が認定するのか
では人の死亡は、誰が認定するのでしょうか。
前述のように、人の死は法律的に大きな意味を持ちます。ですので、相応しい人間が死亡を確認し、それを法的に証明する必要性が出てきます。このような制度がなければ、生存しているのに勝手に死と偽って生命保険金をだまし取ろうというような事例が頻発してしまうでしょう。
では、日本において人の死亡を確認し「この人は死亡している」と証明するのは誰になるのでしょうか。
それは、医師及び歯科医師です。何故なら、それは戸籍法と医師法に定められているからです。
戸籍法
第86条 死亡の届出は、届出義務者が、死亡の事実を知つた日から7日以内(国外で死亡があつたときは、その事実を知つた日から3箇月以内)に、これをしなければならない。
2 届書には、次の事項を記載し、診断書又は検案書を添附しなければならない。
一 死亡の年月日時分及び場所
二 その他法務省令で定める事項
3 やむを得ない事由によつて診断書又は検案書を得ることができないときは、死亡の事実を証すべき書面を以てこれに代えることができる。この場合には、届書に診断書又は検案書を得ることができない事由を記載しなければならない。
このように、戸籍に死亡の事実を記載するためには、原則的に死亡診断書又は死体検案書の添付必要となります。
そして、この診断書と検案書を記載することができるのは医師と歯科医師のみ(医師法第一九条第2項・歯科医師法第一九条第2項)ですので、死亡の認定は、医師か歯科医師が行うということになります。
ここまでのまとめ
①死亡を前提とした法律行為を行うには、死亡の事実を公的に証明しなければならない。
②公的な証明を得る為には、戸籍を用いることが一般的である。
③戸籍に死亡の記載をするためには、原則的に医師又は歯科医師の診断又は死体検案が必要となる。
④つまり、死亡の事実を確認する(できる)のは、医師か歯科医師のみということになる。
心肺停止と死亡の差異
今までの検討で、自然人が死亡しているかどうかを判断できるのは医師と歯科医師だということが分かりました。つまり、たとえ心肺停止の状態が長時間続いていても、それはあくまで、心臓が止まっているという状態に過ぎない。死亡というのは、より意味を持った言葉であるという気がしますが、いかがでしょうか。
まとめ
このように検討していくと、心肺停止と死亡認定にタイムラグが生じる感じがします。しかし、厚生労働省の平成26年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアルにも「…死亡確認時刻ではなく、死亡時刻を記入します」と書かれており、心肺停止と医師の認定する死亡には、それほどのタイムラグは起きないことが一般的でしょう。
なお、死亡を証する事実を証する書面として戸籍を用いることが一般的であるのは、不動産登記の相続手続に代表されるように、人の死亡を証明するために戸籍を用いるのが一般的になっており、さらに、金融機関等でも同様の内規をもって処理している現実から導いた結論であって、戸籍に公信力はないというのが通説です。従って本文中「証明」というのは必ずしも正しい表現とは言えませんが、公信力は論点ではなかっため、伝わりやすく記述するため「証明」という表現を用いています。