住民票の写しを請求した際に「次回からは委任状の委任者氏名は自署でお願いします」と言われました。
しかし、そもそも委任契約は契約書がなくても成立しえる不要式契約です。今日はこの奥深い論点を検討してみましょう。
本稿は個人の検討結果の公開であって、法律的根拠を担保するものではありません。あくまで私見である旨、予めご了承願います。
前提知識
署名とは、自分で自分の氏名を書き記すこと。記名とは、署名以外の方法(ゴム判やプリンター出力)で、自分の氏名を表示することです。
- 委任契約に、契約書は要らない。
- 委任状は、委任契約を遂行するために必要な書面であると言える。
- 法律上、契約に直筆署名は要求されていない。
- 実務上、重要な契約では署名した上で押印することが多い。
- 委任状も原則として記名押印で差し支えない。
- ただし、署名を要求された場合、次回からはそのようにする方が無難である。
委任とはなんぞや
委任とは、民法で定められている契約形態の一つです。民法第643条にあたってみましょう。
第643条
委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。
ここでは、実は、相手方にする頼み事が「法律行為」であること、というのが大切な論点です。友達に買い物を頼む行為は、厳密に考えれば売買契約を委任していることになります。一方、ラブレターを代書してもらうことは、それ自体が法律効果を生み出すものではないため、委任契約の範疇には入りません。
しかし、民法第656条では、法律行為でない事務の委託についても委任の規定を準用すると定められていて、結局、人に物を頼むときは委任契約をベースに考えていくことになる、という妥当な結論になっています。
委任契約に契約書は不要
契約は、幾つかの観点から分類することができます。その分類の中で、契約書等が必要かどうかについて考える場合「要式契約」「不要式契約」という概念を使います。
たとえば、保証契約は書面で行わなければならない旨、民法で定められています。しかし、委任契約にこのような規定はなく、委任契約の締結には、書面は要求されていないのです。
法律上、契約に直筆署名は要求されていない
しかし、契約内容を証拠として残しておかないとトラブルが頻発して大変なことになってしまいます。ですので、実務的には、契約締結を証するため契約書を締結することが一般的で、契約当事者の名前を記してハンコを押すのが一般的な商習慣になっています。
このとき、名前については法律的に署名が要求されている訳ではありません。会社であればゴム判を使うように、一般的には記名押印で足ります。ただし、直筆の署名は証拠力を高める効果がありますので、署名を求められる場合が多いのも事実です。
委任状とはなんぞや
委任状とは、私の言葉で表すなら、委任契約の内容を分かりやすく伝える書面と言えるでしょう。
委任状とは、提出先への差し入れ証書のような形式ですが、本来、委任契約とは委任者と受任者による二者の契約です。
ですので、委任契約書を持っていって、それを示して受任した行為を行えば事足りるとも思えます。
しかし、委任契約書には、当然ながら契約に関する細かな決め事がたくさん書いてあって、それをそのまま使うのは契約の秘匿性から好ましいとは言えません。
ですので、委任契約で受任した行為部分について「委任状」という形で表現し、提出先へ使えるようにしているというのが現実的な理解になるのではないでしょうか。
委任状に直筆署名は必要なのか
先ほど検討したように、委任契約においても法律上直筆署名は要求されていない訳ですから、委任状にも、法律上直筆署名を要求した規定はありません。
しかし、実生活においては、委任状に直筆署名、つまりは自署を要求されるケースが目立つようになってきました。
これは、万が一争いになった場合、委任状の真偽を見分けるための根拠として求められているのだと考えられます。
自署であれば、筆跡鑑定をすれば本人のものかどうかは見分けがつきやすいというのが分かりやすい理由でしょう。
委任状に自署を求められた場合
自署でない委任状を持参して戸籍や住民票を取りに行って「自署の委任状はないですか?」「委任状は自署して頂いています」と言われた場合、とりあえずは「次回から気をつけるので、今回はこれで受け付けてほしい」と言ってみましょう。おそらく多くの場合、受け付けてくれるのではないかと思います。私も何度か言われていますが、それで乗り切っています。
行政側においても、規則や施行細則で定めていないのに、無理に自署を求めて申請者に負担をかけるのは指導の範囲を超えているという認識があるのでしょうか。しかし、そもそも、根拠なく自署を求めるのは行政指導ではなく、単純なお願いであって、申請者側が必ず従う必要はないと私は考えます。
まとめ
とはいえ、一度そういうお願いを受けたなら、二度目は直筆署名の委任状を持っていくのが無難です。
極端な話し、直筆であっても誰の筆跡かまでは申請時には確認しようがない訳で、そのあたり、署名を求めるのは役所の自己満足になっている気がします。というのも、窓口に来た人の本人確認は厳格にしているので、そこをしっかりしていれば、委任状記載の氏名が署名であろうが記名であろうが、申請者にたどり着けることになるからです。
けれど、何でもかんでも厳格化、コンプライアンスの徹底は世の流れ。無理に抗う必要もありません。署名を要求されたら次回からは素直にそうしておきましょう。でも、持っていった時点で言われたなら、その時は押し切れる場合もありますので、簡単には引き下がらず行政手続上の根拠を求めましょう。
なお、本稿は行政手続における委任状について検討しましたが、たとえば金融機関などで委任状を使う場合、直筆署名が要求されることが一般的です。それは金融機関内部の書類取扱要領に従うことになりますので、法律問題とは別。自署を要求されればそうする他ありません。