今日は、交通事故を機転とする不定愁訴とその対応について検討します。
- 不定愁訴であっても、注視と質問で被害者を観察すべきである。
- 被害者には、後遺障害認定基準を説明して差し上げるとよいであろう。
不定愁訴とは
まずは、いつも通り言葉の定義を確認しておきましょう。
不定愁訴【ふてい-しゅうそ】
明確な器質的疾患が見られないのに、さまざまな自覚症状を訴える状態
-出典『広辞苑 第六版 DVDROM版』
昨年、私は自転車で横断歩道を走行中、右折してきた自動車に接触され、後輪のフレームが曲がったという経験をしました。転倒もしていないのですが、タイヤフレームが曲がったくらいですから衝撃はあり、その後しばらく「なんかしっくりこない」という感じを受けました。
私の場合、その日の夜には忘れていた程度のことでしたので、おそらく精神的な原因だっとは思いますが、交通事故では、この「なんかしっくりこない」という症状を訴える方々が少なくありません。
その違和感を具体的に検討すると、倦怠感だったり、不眠や脱力感であったり、或いは眩暈や食欲不振であったりと、いわば、自律神経失調症状であることが一般的です。
被害者がこのような症状を訴えているにもかかわらず、明確な器質的疾患、つまり他覚所見が見られない場合、この症状は不定愁訴と換言でき得ると言えるでしょう。
不定愁訴とバレ・リュー症候群
交通事故を機転としてこのような自律神経失調症状が現れた場合、「バレ・リュー症候群」と判断される場合が、まれにあります。「バレ・リュー」とは、この症候群を論じた学者二人の名前から取られたもので、医学的には「後部頸交感神経症候群」と呼ばれています。
バレ・リュー症候群の症状として、自律神経失調症状全般を列挙される記載が散見されますが、損傷部位が「後部頸交感神経」とされていることから、医学的に言うバレ・リュー症候群の症状は、バレ(フランス語では「バレー」に近い)によれば、頭部の症状(頭痛・眩暈・耳鳴り・目の障害)及び頸部の症状(首の違和感・声のかすれ等)と考えられています。
バレ・リュー症候群の治療
私の理解では、バレ・リュー症候群は、その損傷部位とされる頸部交感神経が緊張し、その結果血管が収縮して血行が悪くなることで、違和感が除去できず自律神経失調症状が継続する状態であると言えます。
つまり、違和感を除去するためには、血行をよくする必要があり、そのためには頸部交感神経の緊張状態を緩和させなければならない。そのために行われるのが麻酔を用いた「神経ブロック療法」であり、バレ・リュー症候群においては、頸部にある星状神経節に対してブロック注射を行う治療が一般的です。
バレ・リュー症候群は理論的にはブロック療法で改善されるはずであり、複数回のブロック注射で改善が見られない場合、それはバレ・リュー症候群ではなく他の原因を疑うことになるでしょう。
星状神経節ブロック療法の効果
ところで、星状神経節というのは、頸部にある、神経節の中継所のような役割を果たしています。様々な神経が集まってきており、星状に見えることから「星状神経節」と呼ばれていますが、様々な神経が集まっている中継所にブロック注射を行うため、その効果も広範に及びます。
日弁連交通事故相談センターの広報誌に「頚部交感神経ブロックが有効な場合こそがバレリュー症候群と言うべきかもしれません。」という記載がありましたが、前述のように医学的にはバレ・リュー症候群は症状は頭部、頸部と限定的に見られており、効果の強い星状神経節ブロックで改善を得た症状を帰納的に「バレ・リュー症候群だった」と結論づけてよいものかどうか、検討が必要でしょう。
まとめ
交通事故を機転とする不定愁訴があった場合、まずはその自律神経失調症状が、後部頸交感神経症候群の代表症状に該当するものかどうかを確認することは、後遺障害について考える前提として重要になります。倦怠感や不眠といった失調症状もバレ・リュー症候群に含める見解もあり、広い範囲で考えれば妥当であるとも思えますが、原則を理解しておくことで後遺障害認定に関するアプローチも変わってきます。
なお、「バレ・リュー症候群」は、インターネット上でよく見かける傷病名ですが、実際の診断書に記載されることはほとんどないと言えます。
次回は、バレ・リュー症候群の関連として、14級9号の認定要件を詳細に検討します。