交通事故で医師が健康保険治療を嫌うのは何故?
交通事故に遭い、整形外科に行きましたが「交通事故で健康保険は使えない」と言われました。これは本当なのでしょうか?
健康保険は使えますが、医師の理解が必要です。
医師が使いたがらない理由、そして、交通事故解決までを考慮した検討が必要です。
医療機関が交通事故で健康保険を使いたがらない最大の理由は「煩雑な事務に見合う報酬が請求できない」というものでしょう。
交通事故で保険治療を行わない場合、自由診療となり、医師は自由に診療単価を決めることができます(もちろん常識的な範囲においてですが)。このことから「自由診療は儲かるから健康保険は嫌がられる」と言われることがあります。しかし、これは、うがった見方であり、交通事故治療における医療機関の事務処理の煩雑さを見落としています。
交通事故は、被害者の損害、心情的な要素も絡む、通常診療とは異なった種類のものです。毎月保険会社へ診断書を送らなければなりませんし、問い合わせにも対応しなければなりません。完治を目指して治療しますが、自覚症状の訴えはなかなか終わらず、治療費打ち切り・症状固定など、保険分野の兼ね合いも考えた治療を行う必要性が出てきます。
症状固定として治療を一旦打ち切れば、数ヶ月後に「医療照会」として、症状の推移を詳細に記載しなければならない書面が送られてくることも少なくありません。
このような事情から、医療機関が交通事故治療の本来的なあり方として、保険を使わず診療することを望むのはむしろ当然と言えます。
健康保険適用のお願いを検討するケース
とはいえ、事故状況等によっては、健康保険適用を考えざるを得ないケースが出てきます。その代表的な例をいくつかご紹介しておきましょう。
加害者が特定できない場合
事故を起こされた相手方が特定できない場合、つまり、ひき逃げの場合は、そもそも自賠責保険が使えないことから、健康保険を使わざるを得ません。
加害者が任意保険に未加入の場合
加害者が任意保険に未加入で、他に損害賠償できるあてがない場合、自賠責の120万円から通院慰謝料など他の項目で求償を受けるためには治療費を抑える必要が出てきます。こういったケースでは、健保の適用を考えます。
被害者の過失が大きい場合
被害者にも落ち度があり、被害者の過失割合が大きくなる場合は、示談後、最終的に被害者が受け取ることのできる賠償額を鑑み、健康保険の適用を考えます。
健康保険を使う上での大原則
交通事故で健康保険を使うためには、保険者(健康保険の管轄先)に対し「第三者行為による傷病届」を提出する必要があります。
しかし、実はそれ以上に大切なことがあります。それは、医師の理解をしっかりと得ておくことです。
交通事故の治療は、長ければ半年以上かかります。大きなお怪我は1年を越えます。その間、医師は、1点10円の単価で保険会社との煩雑な連絡等を引き受けてくださることになります。さらに、自覚症状がなくならない場合は、後遺障害診断書を作成し、医療照会にも対応して頂くことになります。
ただでさえ多忙な医師に、これだけの負担をお願いすることになる訳ですので、「健保も認められるはずだ」というスタンスではなく、使わざるを得ない旨をお話しし、理解を得ておくようにしたいものです。
被害者側から見た健康保険適用のメリット・デメリット
実際に健康保険を使うかどうかを決めるには、そのメリットとデメリットを知っておくことが大切です。以下、検討しましょう。
メリット
□ 治療費が安くなる
被害者側から考えた場合、そのメリットはこれにつきると言えます。
デメリット
□ 医師の関与が薄れる
自由診療で診察・治療する場合、基本的には自賠責から治療費を支払うことになりますので、医師は自賠責様式の診断書を用います。一方、健康保険を使うと自賠責とは無関係になりますので、自賠責様式の診断書を書く必要はなくなります。ですので、患者側から自賠責様式の診断書記載の依頼があったとしても、医師がそれに協力する義務はありません。この場合、医師は任意の様式で診断書を書けば足りるのが原則です(とはいえ、協力してくださるお医者様が多数ですが)。
□ 医師の心象に懸念が残る
これは、実際問題としては、人情として考えざるを得ないでしょう。健保を使って手間がかかった患者さんの治療がようやく終わったら、今度は損害料率算出機構の調査事務所から医療照会がきた…。この状況で、医師は果たして、カルテをもう一度隅々まで精査して、丁寧に、もれなく対応して頂けるでしょうか?
ここは非常に大切なポイントだと私は思いますし、医師の理解を得ておこうと言うのも、この医療照会に備えるためです。
まとめ
交通事故で医療機関が健康保険適用を避けるのは、煩雑な事務に見合う報酬を確保するためである。交通事故治療は、一般の治療とは違うことを理解し、その上で健保適用を選択するのであれば、医師や医療機関の理解を得て、良好な関係からはじまって、良好な関係で治療終了できるよう心を配るべきである。